お寺やお堂の情報,歴史(参考ホームベージ等)
高野山真言宗のお寺。
前身は櫛田神社の 神宮寺の袖湊山 神護寺(縁起は不明)にあったが、明治初めの 神仏分離令により神護寺が廃
寺となり明治36年(1903年)篠栗の現在地に移転し、篠栗新四国八十八箇所霊場24番札所を引き継いで再興した。
現本尊は篠栗霊場の十一面観音像で、慶長の頃(1596〜1615頃)から近くの岩窟に祀られ近隣の人々から 信仰さ
れていて、天保年間(1830〜1844)観音の霊験に導かれて来た 行者によって観音堂が建てられたと伝わる。
旧本尊は元文5年(1740)作の木造青面金剛像(福岡県指定文化財)で、現在は本堂内の現本尊右手に別途祀られ
ている。元は神護寺境内の庚申堂に祀られ、博多では「庚申さん」といわれ有名であったようである。
境内には昭和34年(1959年)に作られた台座も含め高さ11mのコンクリート製の修行大師像(弘法大師の 修行時代
の像)があり、台座の下は羅漢窟(十六羅漢石仏が安置された 洞窟)になっていて胎内くぐりができる。
備考
御朱印は、篠栗新四国八十八箇所霊場としていただけ、スタンプと墨書きの2種類から選べる。
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